新聞記事(2000年) ポケモンファンサイト ポケサテ!

お知らせ: 2005年5月31日をもって、全てのコンテンツの更新を終了しました。




戻る
記事一覧に戻る
      [トップページへ戻る]
トップページへ戻る


世界を席けん 日本産キャラクター(1)
ポケモン 米で大ヒット TV・映画…社会現象に
2000/1/4 日本経済新聞 夕刊

 「ピカチュウ、ゴー」。画面を見ながら声優が声を吹き込 む。ニューヨークのマンハッタンにある録音スタジオは、テレビアニメのポケットモンスター(ポケモン)の当てレコに連日追われている。
 米国でポケモンのテレビ放送が始まったのは98年秋。昨年春からは大手のワーナー・ブラザーズがケーブルテレビの子供専用チャンネル「キッズ・ワーナー・ブラザーズ」を通じて放映を始めた。たちまち人気が出て、今では日曜日を除いて毎日、30分番組を2回流している。ポケモン効果で、同局は子供向け視聴率でトップに立った。
 昨年11月に封切った映画は、初日だけで邦画の米国興行記録を塗り替えた。米映画界で大ヒットの基準とされる興行収入1億ドルに近い水準となりそうだ。ゲームやがん具は昨年のクリスマス商戦の目玉商品となり、有力誌が特集で取り上げるなど今や社会現象だ。
 米国の子供たちにポケモンが日本生まれであることを教えると、10人中8、9人は「知らなかった」と言う。道路標識や商店街の看板など、アニメ中の日本語は英語に改めてある。「米国に輸入したアニメでここまでやった例はない」とプロデューサーのノーマン・グロスフェルドさん。
 「だれも死なないことに象徴されるように残虐性がないことも成功の一因」と関係者は指摘する。キャラクターの魅力に加え、きめ細かい配慮や物語の展開が米国で大ヒットの理由になっている。

 アニメなどに登場する日本製キャラクターが世界市場に幅広く浸透している。日本文化輸出の役割も担って、2000年にさらに飛躍するか、動きを追った。



口笛吹いて 6
ポケモン 交流生む「真剣勝負」
バーチャル世界、もろさも
2000/1/8 読売新聞 朝刊

 スポットライトがまばゆい千葉・幕張メッセの特設ステージ。昨年8月、3日間で17万人を集めたゲームメーカー「任天堂」のイベントのフィナーレとして開かれた第3回ポケモンリーグ全国大会には、各地の予選を勝ち抜いた小学1年から高校2年までの12人が顔をそろえた。
 名古屋代表で最年少の石井達也君(7)は、準優勝することになる東京代表の中学生と対戦。一時はリードしたもののボタン操作を誤り、一気に逆転された。「ドラえもんのポケットの道員があれば、間違える前に戻れるのに」と、しゃくり上げる達也君。会場で見守っていた父の会社員正哉さん(42)は「親バカだな」と思いながら、「立派だったぞ」と唇をかみしめた。
 映画やテレビアニメで有名な「ポケットモンスター」だが、もともとは国内だけで約1,800万本も売れている携帯ゲーム機用ソフトのキャラクターだ。ゲームで戦いを勝ち抜くと、より強いポケモンに進化する。最 近は、延べ数十から数百時間もかけて育てたポケモン同士を、迫力ある立体画面で対戦させるバトルが人気で、全国大会は子供たちにとって、夢のトーナメントだ。

 達也君がポケモンに出会ったのは4歳の時。祖父からのクリスマスプレゼントだった。母 早苗さん(40)は「小さい子にゲームなんて」と戸惑ったが、「スペースインベーダー」世代の正哉さんは「どれぐらい理解できるかやらせてみよう」と一緒に始めた。
 「1匹ごと個性が違うポケモンを集め、ゲームの中で図鑑を完成させるストーリーにハマッた」。まず夢中になったのは正哉さんだった。正哉さんが早く帰宅した時には、達也君が「今日はこのポケモンをゲットしたよ」と報告、寝るまで一勝負することもあった。
 予選が近づくと正哉さんは、さまざまな試合展開での対応策を達也君に即答させるなど、“スパルタ”ぶりを発揮した。
 そんな正哉さんを早苗さんは、かつてのアニメ「巨人の星」になぞらえて、「星一徹」とひそかに呼んだ。達也君も「星飛雄馬」のように真剣になり、大会前に、自分より弱いはずだった早苗さんとの練習試合に負けた時には、目に涙をためながら、再戦したほどだ。
 敗れた息子をなぐさめようと正哉さんが観客席から近づくと、中、高校生ぐらいの男の子がすでに達也君の涙をふき、やさしい言葉をかけていた。達也君はそれがだれだったか、どんな言葉だったかはよく覚えていないが、負けた悔しさ以上にうれしかった思い出として心に残っている。
 会場で互いに住所を交換して文通したり、行き来したりする子供たちもいる。

 「コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会」の調査によると、小学生のいる家庭の93%、中学生のいる家庭の97%に、テレビゲームがある。「自然から遠ざかり、人間関係が希薄になる」と批判されてきたが、すでに一家に一台といえる。まして、親は「インベーダー」などゲームに慣れ親しんだ世代だ。
 しかし、最近、気になる現象が出てきた。
 ゲームのプログラムやデータを書き換え、労力をかけずにポケモンの能力を極限まで高めるゲーム改造機が2年ほど前から、量販店などで売られるようになった。あるメーカーは「ゲームが複雑化するなかで、新しい楽しみ方を提供している。潜在的ユーザーは全体の3割にのぼると患う」と話す。全国大会の予選でも、使用が疑われる参加者がいた。「インチキになるのでもう大会は開けない」(任天堂担当者)という声も出ている。
 がんばった分だけうまくなり、努力と結果が正比例するとされてきたテレビゲームの世界。だからこそ、「真剣勝負」と対戦者同士の交流も成り立った。子供たちの笑顔に今、バーチャル世界のもろさが立ちはだかっている。



人間発見
ポケモンブームの仕掛け人(1)
クリーチャーズ社長 石原恒和氏
2000/1/11 日本経済新聞 夕刊

■米での映画大ヒットに思わず「ここはどこの国だ」
 最初のゲームソフト、商品化に6年
 世界のブームは最低5年続く

「ポケモン(ポケットモンスター)旋風」が世界中に吹き荒れている。昨年11月、米国で公開したアニメ映画が爆発的にヒット、関連商品の人気も高く、売れ行き好調だ。「海外での本格的なブームはこれから。国内でも、あと3年はブームが続く」。商品群を企画・開発するクリーチャーズ(東京)社長の石原恒和氏(42)の鼻息は荒い。

 米国での映画のヒットにはびっくりした。封切りの日にロサンゼルスやサンタモニカの映画館をのぞいてみたら、画面に人気キャラクターのピカチュウや主人公のサトシが登場すると、子供たちが一斉に拍手する。町中の至るところにポケモン映画のポスターが張ってあるし、店にはポケモン商品があふれている。思わず「ここはどこの国だ」とつぶやいてしまいましたね。
 米国では、カードゲームの売れ行きも予想をはるかに超えています。日本では3年かかって約18億枚売ったが、米国では1年たたないうちに、この枚数を軽く超えてしまった。インターネット・オークションなどで投機の対象になっていることもあって、製作枚数の少ないものには異常な高値が付いています。
 こうした過熱ブームをとらえて雑誌が「子供に悪影響を与えている」と批判的な記事を載せている。「進化して角がはえるポケモンは悪魔の象徴だ」などと言って、縫いぐるみを燃やす人までいます。ジャパン・バッシング(日本たたき)の一種だという見方もありますが、子供たちがよその国の文化に夢中になっているのを不安に思う人が多いんでしょうね。しかし、熱は冷めない。米国では今年、ピークを迎えると見ています。

国内では、最初のゲームソフト(任天堂製)発売以来約4年たつが、人気は根強い。昨年11月下旬に売り出したゲームソフトの新製品は1ヵ月強で510万本を出荷したものの、品不足が続いている。

 最終的には800万本は売れそうです。国内の小学生は800万人強なので、いかに人気があるか分かるでしょう。でも売れ過ぎとは思いません。3年かけて練りに練って仕上げた内容ですから。本当は98年末までに売り出したかったが、自分たちが納得いくまで何度も作り直したので、1年余計にかかったわけです。シリーズものの場合、いつも「今度は楽だろう」を思いながら開発に取り掛かるんですが、今回も苦労しましたね。
 最初のゲームソフトも商品化までに6年かかっています。ゲームデサイナーの田尻智さんが開発し、私はプロデューサーとして商品化を手伝った。ヒットの要因は、おもしろく、奥深い内容にするため通信ケーブルを使ってキャラクターを交換したり、交換の過程でキャラクターが進化するなど、工夫を凝らしたことですよ。
 私自身が開発を手掛けたカードゲームも、遊びの深さ、戦略の高さなどを追求したので、時間がかかった。米国では、プロスポーツ選手などのカードを集めるのがブームになっているので、ポケモンカードも予想以上にヒットしましたが、おもしろさには自信がありました。
 映画のヒットは、キャラクターそのものの人気の高さも大きな要素ですが、ゲームソフトやカードゲームのおもしろさが基盤になっています。ゲームソフトは欧州や南米ではこれから本格的に売れ始める段階で、アジアでも韓国ではテレビアニメが高視聴率を獲得しています。世界のポケモンブームは少なくとも5年は続くでしょう。



人間発見
ポケモンブームの仕掛け人(2)
クリーチャーズ社長 石原恒和氏
2000/1/12 日本経済新聞 夕刊

■念願のCG会社に移るが、期待は空振り
 「ポケモン」発売当初は注文12万本と低調
 テレピ放映でブーム加速

石原氏は筑波大学大学院芸術研究科でビデオの画像制作やコンピューターアートを学んだ。ポケモンを生み出す素地も、そこではぐくまれた。

大学院在学中からコンピューターグラフィックス(CG)を仕事にしたいと思っていま した。修土課程を修了した83年当時、西武流通グループが設立した国内初のCG制作会社が注目を浴びていたので迷わず門をたたいたが、新入社員は募集していないという。仕方なく、同グループの別の会社でテレビ番組やコマーシャルの制作をしながらチャンスを待ちました。3年後、念願のCG会社に移ることができたが、ビデオ制作などが中心で、肝心のCG制作はほとんどできなかった。
 そうしているうちに、コンピューターゲームに関心が移ってきました。スペースインベーダーやブロック崩しをはじめ、いろいろなゲームに熱中したこともあって、ゲームの方がCGよりはるかに高度で、利用者にとって身近なメディアだということがよく分かった。ちょうどそのころ、任天堂と糸井重里さんが作ったゲームソフト会社から、副社長として来ないかといら声がかかりました。渡りに船でしたね。
 ディレクターとして現場を指揮し、グラフィックデザインもやりました。自分で絵まで描いた「マリオのピクロス」は100万本も売れました。独立して現在のクリーチャーズを設立してからも、何本も新ソフトを出していますが、駄作はありません。思いこみが強すぎて、一部のファンにしか支持されない「カルト」作品はありますが。一方、駄作というのは、決算期に合わせようとして、未完成のまま出してしまうもので、これをやったらゲーム会社も終わりですね。

6年間、内容を練り上げたポケモンのソフトが世に出たのが96年2月。しかし、滑り出しは予想を下回った。

 年間100万本は軽いと踏んでいたが、蓋を開けてみると販売店からの注文が12万本くらいしか来ない。ゲームの売れ行きは出だしで決まりますから、ちょっとがっかりしましたね。ブームに火が付いたのは、子供向け雑誌が企画した「ミュウ・プレゼント」でした。プログラム開発者が遊び心で、公表されていない「ミュウ」というキャラクターを移植できる仕掛けをソフトに仕込んでいた。私を含め、社員の大半も知りませんでした。これを抽選で読者にプレゼントする企画です。ソフトを買っただけでは絶対に手に入らない伝説のポケモンということで、応募が殺到。ソフトの売れ行きも急伸しました。
 ブームを加速したのが97年春に放送が始まったテレビアニメです。それまで、ソフトの購入者は小学校高学年と中学生が大半を占めていたが、小学校低学年にまで一気に広がった。キャラクターを使ったがん具や雑貨の売れ行きも大幅に伸びました。ところが、ブームに冷水を浴びせる事態が起きた。97年暮れ、テレビアニメを見て視覚障害を訴える子供が続出した問題です。放送を長期間中止したため、関連商品の販売にも大 きな影響が出ました。
 でも、新しいゲームソフトを出せばブームは再燃するという確信があった。カードゲームや映画のヒットも人気の持続に貫献した。柱を何本も作ったことがポケモン延命の決め手になったと思います。



人間発見
ポケモンブームの仕掛け人(3)
クリーチャーズ社長 石原恒和氏
2000/1/13 日本経済新聞 夕刊

■ゲーム開発にはマネジメント能力重要
 担当者への助言には気配り キャラクターの価値守り商品展開

ポケモンの人気が持続している背景には、映画をはじめ関連商品の周到な企画・開発戦略があった。ただ、石原氏がポケモン以前のゲーム開発で培ったプロデューサーとしての事業遂行能カも見逃せない。

 クリーチャーズを設立する前、ゲーム開発会社で働いていたころは様々な難題に直面しました。一番苦労したのは「MOTHER2」というゲームを手掛けた時です。中心的なプログラマーが壁に突き当たって音を上げてしまった。できると思って任せたが、仕事のレベルがその人の能力を超えていたんです。ゲーム開発は時間がかかるだけに、中途の挫折は致命的です。態勢を立て直してソフトを完成させるまでに4年もかかってしまった。でも、プロデューサーとして貴重な体験になりましたね。
 ゲームのプロデューサーに欠かせないのは、想像力やひらめきよりも、優れた人材を集め、最適な仕事につける組織力や、的確に資金調達・予算管理するマネジメント能力です。開発者が楽しく働ける環境整備も重要です。ゲームのクリエーターは、給料は少なくても、おもしろい仕事に生きがいを感じるものなんです。一方、デリケートな仕事なので、開発者がノイローゼになることもある。チームワークを良くして、こういう問題を防ぐこともプロデューサーの腕の見せどころです。
 プロデューサーの助言の仕方にも気配りが肝心ですね。開発者の自尊心を傷つけないようにアドバイスして、その通りになれば、開発者の意欲や能力が高まるし、プロデューザーの信用も向上する。その結果、良く売れるソフトが開発できれば、開発者の仕事に対する興昧が一段と高まり、より深くおもしろさを追求するようになる。

おもしろさの追求は、ポケモンプームの持続にも重要な条件になる。
 国内では、あと3年はブームが続くと見ていますが、ゲームソフトやカードゲームの開発者がポケモンを作り続けたいという気持ちを持ち続けることが大前提です。今はあらゆるアイデアを出し尽くしたゲームソフトを売り出したばかりで、私自身、頭の中が空っぽの状態です。しかし、ゲームを試しているうちに「こうすれば、もっとおもしろくなったはずだ」などというアイデアが次々に浮かんでくるものです。それを次の開発につなげ、2年後に新ソフトを出すつもりです。他社のソフトのおもしろいところを取り入れることもあるが、こくわずかです。時間ばかりかかって、得るところが少ないですから。
 ポケモンは、努力次第で30年間は消えないキャラクターになると思っています。幸い、ファンの層も広がっています。従来は幼児から中学生までと、その父母の30代に集中していたが、ブームの持続で高校生、大学生にもゲームの愛好者が増え始めている。ディズニーのキャラクターに近づけたいですね。ポケモンブームの長期化で、我々が守らなければならないものも増えてきました。最も重要なのがキャラクターの価値ですね。他社にライセンスを与えている関連商品群からほころびが出る危険性が大きい。ただ、管理を厳しくすればいいというものでもな い。98年、東京と大阪に関連商品を販売する「ポケモンセンター」を開設して、市場の分析や新商品の企画・開発に役立てています。今年はニューヨークにも開いて、国際的な商品展開をリードしていきたいと思っています。



人間発見
ポケモンブームの仕掛け人(4)
クリーチャーズ社長 石原恒和氏
2000/1/14 日本経済新聞 夕刊

■メディアミックス戦略が映画のヒットに結実
 ゲーム産業の進むべき方向見えてきた 念願のテーマパークが正夢に

 ポケモンの人気は海外の方が高くなった。石原氏は、コンピューターゲームを軸にした新しいビジネスのモデルを構築できたと自負する。

 米国でのポケモン映画成功の意味は非常に大きいと思いますね。日本のゲームソフトは海外でも評価が高かったが、映画は米国の基幹産業と言うべきもので、日本の映画が米国市場を開拓するのは難しかった。そこヘポケモン映画が短期間に84億円の興行収入を上げた。これは、コンピューターゲームからスタートして、テレビアニメ、カードゲーム、各種関連商品を立体的に売り込んできたメディアミックス戦略が映画のヒットに結実したということです。米国の産業界も大きな刺激を受けたはずです。
 映画産業に限ってみても、ポケモンは日本の作品が米国市場に切り込む糸口を作ったと言えます。米国の映画は最近、日本の文化や風俗を盛んに取り入れています。「スター・ウォーズ」の新作でも、衣装や剣術などにはっきり表れていますね。米国の映画関係者は日本映画に関心を強めています。日本の映画業界に大きなチャンスが開けてきたのは確かです。
 ゲーム産業にとっても、進むべき方向がはっきり見えてきたのではないでしょうか。コンピューターゲームの主流は家庭のテレビにゲーム機を接続するスタイルでしたが、ポケモンのソフトを動かすゲームボーイ(任天堂製)のように手のひらに乗るものに移りつつあります。携帯型パソコンで楽しめるゲームも増えていくはずです。これらの小型機器を通信網で結び、ゲームだけでなく各種情報を送受できるシステムとして発展していくのは確実で、ゲームも、それにふさわしいものを開発していく必要があります。

ポケモンブームでクリーチャーズは売上高約60億円の企業に成長した。しかし、石原氏は規模は追求しないと明言する。
 自分の年齢以上に社員の数を増やさないというのが私の経営理念でした。事業の規模が予想以上に大きくなったので社員は80人になってしまったが、いたずらに拡大志向を取らないという方針は変えていません。ゲームや映画のプロデュース、関連商品の展開の管理に専念し、製造や販売に手を出すつもりはありません。株式の公開も当面、考えていません。練り上げたゲームを出すには少なくとも2年かかります。株式公開すると、株主の目が気になって、未完成の駄作を出さざるを得なくなりがちです。将来、他のソフト開発会社に投資する場面が出てくるかもしれないが、これも中心業務にはしません。
 売り上げが伸びたとはいえ、利益の多くを税金で取られるので、経営は決して安泰ではありません。それでも、ポケモンで得た利益は次の開発につぎ込んでいます。今、温めているソフト開発案件がいくつかあって、これらを今年から来年にかけて売り出し、次の勝負をかけるつもりです。
 私自身、ポケモンの大ヒットは一種の奇跡だと思っています。しかし、何本もゲームをプロデュースしてきて、程度の大小はあれ、毎回、奇跡のように作品が出来上がりました。ソフト開発は奇跡が起きるよう工夫を重ねる以外、道はありません。ポケモンのキャラクターを駆使してディズニーランドのようなテーマパークを作ることが私の夢でした。最近、任天堂の山内溥社長が建設構想を打ち出したので、正夢になりそうです。



世界に広がれポケモングッズ
世界の都市で販売 NY、ロンドンなど
2000/9/9 日本経済新聞 朝刊

 任天堂は来年から人気キャラクター、ポケットモンスターのぬいぐるみや雑貨など関連グッズを販売する「ポケモンセンター」を世界十数都市に開設する。来年中にまずニューヨークとロンドンに開店する予定で、順次、各地に展開。グッズ販売用の専用ホームページも検討しており、世界中からインターネット経由で注文を受け付ける方針。
 日本国内では1998年、東京と大阪に任天堂などポケモンの著作権を持つ3社が共同でポケモンセンターを開設済み。ぬいぐるみ、雑貨など約1,600点の関運グッズを販売している。  ポケモンは低年齢層を中心に人気のあるゲームのキャラクター。関連ゲームソフトが2000年3月末までに全世界で6,000万本以上販売されているほか、アニメーションや映画なども制作されている。
 海外のゲーム愛好家の要望が高いグッズの販売体制を整えることで、ポケモン人気を幅広く定着させたい考えだ。



ポケモン 今度は舞台で米国デビュー
NYなど30都市巡回
2000/6/10 日本経済新聞 夕刊

 日本で生まれ、米国でも人気の「ポケットモンスター」=写真=がライブアクションとして、全米で舞台公演されることが決まった。米でポケモン関連のライセンス管理を手掛ける制作プロダクション、フォーキッズ・エンターテインメントが制作し、ニューヨークなど30都市を巡回する。昨年末に米で公開され一大ブームを巻き起こした映画に続き、話題を呼びそうだ。
 12日午前(日本時間同日夜)にも全米興行を正式発表する見通し。関係者によると、SFX(特殊撮影)技術を使って撮影した映像を組み合わせるなど、単なるアクション劇にとどめないとしている。総合監督には、有力ブロードウエーミュージカル「南北戦争」などの振り付けを手がけたルイス・ペレズ氏が就任した。
 開催期間は9月20日−10月1日。今月初めにチケットの先行販売を始めたが、1週間で2万枚が売れるなど「売り切れも時間の問題」(ラジオシティ)とみられている。
(ニューヨーク=山室純)




戻る
記事一覧に戻る
      [トップページへ戻る]
トップページへ戻る